インドビジネスがよく分かる中島敬二のインドコラム

2012年7月18日のスズキ・マルチ暴動事件

○発生場所はデリー郊外のマネサール。スズキ、ホンダ二輪、多くの日系企業が集積している工業団地
○7月18日午前若い正規工が班長に暴力を振るい、職務停止処分を受けたことが発端
労組側は、この正規工が暴力を振るったのは、幹部から被差別カースト出身と侮辱を受けたからだと主張して、職務停止処分の撤回と差別発言をした幹部の処分を要求したが、会社は拒否
 
・正規工、契約工、合計約1,500人がこの処分要求に賛同し、午後になって座り込みを開始し、労使交渉が実施されたが、決裂。
 
・衝突を懸念した経営側は、地元警察に介入を要請
 
・怒った労働者100名余が事務所に押し入り、会社側スタッフや警備員と乱闘
 
(1)  暴動発生内容
 
・労働者が事務所に乱入し、スタッフに暴力を加え、建物、事務所と守街所に放火
 
・幹部、工員、警察官を含む約100人が負傷。軽傷の日本人幹部2人を含む50人が病院に搬送された他、殴られて骨折していたインド人人事部長が意識不明のまま火災現場に置き去りにされ窒息死
 
・この暴動の発生を受けて、地元警察は工場とその周辺に1,200人を配置。
 
・19日夕方までに、工員を中心とする90人以上が殺人・殺人未遂などの疑いで逮捕(最終的には約140名)
 
・会社は546名の正規労働者と2,000人以上の請負労働者を解雇すると共に、19日から稼動停止を決定。
 
同工場の1日の生産能力1600台で、一日の損失は7500万ルピー(約1.2億円)]
 
・経営者が暴動に関わった疑いのある正規工500人を解雇したことに、全国規模の組織を持つ労働団体等11段団体が共同で反対を表明

 

・マルチのバルガバ会長は8月1日、暴動は極左勢力による計画的な犯行であるとの見方を示した。(しかし証拠はいまだなし)

 
・20日在印日本大使館は、「このような事態が繰り返されることのないよう、ハリヤナ州が法律に基づき(加害者に対し)適正かつ厳格に処罰をすることを期待する」との声明を発表
・解雇は不当であるとして、同社の組合も含め、あちこちの労働組合で抗議の声があがっている。
 

・8月22日稼動再開。8月の販売台数は5.4万台(前年同月の40.8%減少)となり、設備備品の損傷で11億ルピー(約1.6億円)、生産停止による損害が140億ルピー(224億円)

・生産再開の混乱を防止するため、インド警察予備隊の540人を含む警察官1,500人が工場内および周辺に配置される厳重な警戒体制がとられた。また、管理職や監督職には約40人の個人護衛が付けられた。
 
・月にマルチは今回の暴動を契機に、直接生産ラインに従事するものは、全て正社員とする方針を決定。
 
・8月26日スズキ会長、ハリヤナ州首相と会談 工場暴動での協力に謝意
 

・10月7日ハリヤナ州グルガオンで、再雇用や逮捕された労働者の釈放を求め、2日間のハンガー・ストライキを開始

・10月14日警察は、暴動の原因について、外部勢力の扇動ではなく労使対立によるものであり、労組が労働者の強い団結を経営側に示そうと暴動を起こしたと結論付けた。
 

・この事件の後、MSWUは登録が取り消された。組合役員のすべてが刑務所にいるために、暫定活動委員会がその後の運動を指導

・公平な調査委員会の設置の要求、逮捕者の釈放、解雇の取り消し、違法な請負労働を禁止することを求めている。2013年1月27日ハリヤナ州のあらゆる地区を行進して、ハリヤナ州政府に対して、この問題の解決に尽力を尽くすことを求めた。

・MSWUは2013年2月5日、ニューデリーで全インド連帯行動デーを組織して、逮捕された労働者の釈放と解雇された労働者全員の復職を要求した。

 
(2) 暴動に至った経緯について経営側と労組側で証言の食い違い
(a) 経営者側:
・経営側は、友好的に交渉に臨んだが、その最中に労組側が突然、暴行に及んだと主張
 
・工員達は部品や工具を手に、男女構わず幹部に殴りかかり、骨折などを負わせたほか、工場を封鎖して設備を破壊。そして遂には、事務所のある建物や生産ライン、正門、警備員室などに放火
 
・「これは賃金や労働条件を巡る労使紛争ではなく、群集心理に働き掛けて巧みに引き起こされた集団暴動だ」「この数カ月間、労使関係に緊張はなかった。」
(b) 労組側
・今回の暴動が、経営側によって予め仕組まれたものだと主張。
 
・「経営側が交渉に応じる様子はなかった」「経営側は、警備員に工場を封鎖させた上で、自ら雇った反社会分子の用心棒数百人を呼び込み、工員達を襲わせた」「設備の破壊や放火も用心棒が行った」「多くの工員が重傷を負った後、正門が開けられ、全ての工員が工場から締め出された」.
2. スズキ・マルチの組合および労働争議の歴史
 
(1) 1983年 グルガオン工場[第一工場]に企業内組合のMUEUが結成
(インド労働組合会議(INTUC)に所属)
・1988年、2000年に組合はストライキを実施
 
・これを受けて、会社は「良き行動誓約書)に署名することを労働者に求めたが、労働者が拒否
(2)  2001MUEUは解散し、新たに上部団体にも属さない組合(MSKU)が結成
(3)  2007年稼動開始したマルチ第二工場(マネーサル工場)2011年に別組合の設立の動き
 
・MSKUでは労働者の要求に対応できないと考えたマネサール工場の労働者は2011年6月新しい組合(MSEU)登録を申請したが、この組合結成の動きを知った経営側が労働者に「良き行動誓約書」に署名して、組合に加入しないことを求めた。
 
*「良き行動誓約書」には、怠業、座り込みスト、順法闘争、サボタージュ等の生産を妨害する行為をしないこと、それらを行った場合には処罰の対象となることを認める」と記載。
 
・組合はこれに抗議して6月4日に約3000名の従業員が座り込みストに突入してMSEUを承認することを求めた。これに対して経営側は6日にストを誘導した理由で組合役員を含む11名を解雇
 

・マネサール工場労働者支援のため、AITUC、CITU、HMS、INTUC、UTUCが共同行動委員会を結成して、6月10日にマネサール工場の前でのデモに約2000名のグルガオン地区の様々な工場で働いている労働者が参加した。

・ハリヤナ州政府はストライキを禁止する命令を出すとともに、この事件を地区の労働裁判所に 付託した。この州政府の反組合的なやり方に怒りを覚えて、グルガオンの様々な工場で2時間の同情ストを実施する計画をたてた。しかし、インド国民会議派に属する州首相のスト延期の要請を受けて、ストの予定を延期

・13日間の座り込みストライキ中に、国際金属労連、日本側の金属労連、自動車総連、スズキ労連が共同行動をとって、マルチ・スズキがILO87号条約を順守することを訴えて、解決を図るよう要請した。6月17日早朝に、労働争議法12(3)条に基づき、ハリヤナ州労働大臣や労働省職員の面前で、以下の内容の協定が締結された。

(a) 11名の解雇された労働者を復職させること

(b) スト中の13日分の賃金は支払わない、さらに罰金として13日分の賃金を支払わない(合計で26日分の賃金の支払いがない)

(c) 組合登録申請はハリヤナ州労働省で適切に処理されること

(c)   両当事者はお互いに協力することに同意すること

*この時点でマネサール工場には約3500名の労働者がいたが、900名が正規労働者、1500名が訓練工、1100名が請負労働者。請負労働者は組合に加入することができないが、請負労働者の差別的待遇の改善問題が存在していたこともあり、組合のストライキを支持した。

(4)  716日マネサール工場の労働者がMSKUに加盟するかどうかを問われる選挙を拒否

(5)  727日、ハリヤナ州の組合登録官はMSEUの組合登録申請書を却下

 

・翌日警察が工場に入って4名を逮捕し、6名が停職処分を受けた。

(6)  829日には怠業やサボタージュを理由に、会社は15名を解雇し、29名の正規労働者を

停職処分、18名の訓練生を解雇.

・会社は工場正門を閉鎖してロック・アウトを宣言し、「良き行動制約書」に署名する者だけが入門を可能とした。組合員はこれを拒否して、座り込みストに突入

・これに対して、会社は9月8日23名を解雇、34名を停職処分。組合は工場正門で二交替による座り込みストを継続して、解雇と停職処分の撤回を要求した。

(7)  913日に3名の管理職と1名の労働者を攻撃したことを理由に5名の労働者を解雇

・さらに会社は100名の新たな労働者を雇用。

・9月14日にはスズキの他の2社(Suzuki Power Train IndiaとSuzuki Motorcycle India)の労働者が同情ストに入った。しかし、9月27日の組合と経営側の話合いでも解決せず、経営者側は良き行動誓約書への署名を求め続けた。

(8)  国際金属労連やIMFJCは経営側に誠実な団交をおこなうよう申し入れた。

AITUCはCITUとHMSと共同で、62名の解雇者の半分を停職に振り返るならばストライキを中止するという提案をおこない、9月30日の団交で合意に達し、10月1日に労働争議法12(3)条に基づきハリヤナ州労働大臣と労働省職員である斡旋官の前で合意書に署名がなされた。

*合意内容

・15名の被解雇者を復職させて停職処分として、公平な調査を開始すること

・18名の訓練生を復職させること

・29名の停職はそのままにおき、公平な調査を実施すること

・勤務拒否した8月29日から勤務日までの賃金は支払わないこと、さらに賃金1日分の控除の罰金を課すこと

・労働者は改訂された「善行誓約書」に署名をし、10月3日から勤務すること

・経営側は労働者に報復的措置はしないこと

・将来の紛争は団交によって処理すること

・労使双方はお互いに基本的権利を尊重すること

停職中の労働者44名の賃金を補うために、毎月の給与から一部を控除してカンパをおこなった。

(9)  107日に正規労働者の座り込みストライキ

・しかしながら、10月3日になって誓約書に署名しないことを理由に、請負労働者が工場に入ることを会社側は拒否し、1200名もの請負労働者は工場に入れなかった。多くの正規労働者の勤務場所が変更された。さらに会社は通勤用の配車をしなかったために遠方に住む労働者は時間内に会社に来ることができなかった。

・10月7日には正規労働者が座り込みストライキに入ったが、会社と請負業者に雇われた暴徒が門前にいた請負労働者や組合役員を襲った。組合側は、請負労働者の職場復帰を求めた

・さらに、マルチ・スズキの関連会社であるスズキ・パワートレイン・インディアとスズキ・モーターイクル・インディアの労働者約7000名も同情ストを打ち、請負労働者と44名の解雇者の復帰を要求。

(10)1010日にハリヤナ州労働省は101日合意された協定に労働者が違反していると非難し、48時間以内の回答を求めた.

(11)1021日にマルチ・スズキの経営者、労働組合がハリヤナ州労働省職員の立会いのもとで合意に達した。

・マルチ・スズキでは64名の正規労働者の復帰、1200名の請負労働者の復職が認められたが、33名の労働者の停職処分はそのままとなった。会社はMSEUの承認を拒否したが、苦情処理委員会と労働福利委員会の設置の合意に達した。

・これによって13日間の争議が終了した。懲戒処分を受けた組合の指導者ら30名が160万―400万ルピーの補償金を受け取って退社

(12) 2,0124月正規労働組合が発足

・組合登録を拒否されたマネサール工場の労働者は新たに Union (MSWUという名称で組合を設立し、2011年11月4日に登録申請。2012年2月29日にようやく登録が認められ4月から正規労働組合として発足。